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結果と技術と目的 どれが大事? ~コンクールと鶴の写真~

まずは、写真をご覧ください。

折り鶴ですね。

これを見てどう思いますか?

・くちばしや尻尾の折り方が甘い
・傾いている
・胴の開きが甘い

よって、50点、銅賞

という結果。
なんちゃって笑

ではこれが、

左手だけで完成させたもの。

であるとするとどうですか?

少し、印象が変わりますか?
点数とか
賞の色とか
上がりますかね?笑

ではこれが、

介護の勉強の一環で
手の不自由な方の気持ちを
体験するために行われ、
出来栄えに個人差があるということは
回復させる見込みもある
ということを要介護者に伝えるため

であるとするとどうですか?

また少し、印象が変わりますか?
点数とか
賞の色とか
上がりますかね?笑

上から順に
・結果のみ
・さらに技術
・目的

と、要素を足していってみました。

結果のみで優劣が決まった場合、
結果の良かった学校に持つ印象は、

1:技術や目的が優れたものである

と、拡大して解釈するか、
あるいは、あくまで

2:結果は結果。その時のもの。判断要素に加えない

どちらかになりますね。

みなさん、いかがですか。

結果と技術で優劣が決まった場合
すこし、上記の1の確度(確実性)が
高まるかもしれませんね。

結果と技術と目的で優劣が決まった場合
さらに、上記の。。。?
とはいかず、もはや優劣自体が
どうでもよくなるかもしれませんね。

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・結果のみ
・さらに技術
・目的

大切なものが何か、が変わっていくからです。

さて、昨今の吹奏楽関係のコンクールに
当てはめてみると、どのような印象を持たれますか?

結果のみ、を大切にしないといけない場面はあります。

個人が自分を売る場合です。

相手に対して対価を求めるのですから、
技術や目的などの重要性が下がる、というより
そこに個性があって、
むしろ秘めたいものかもしれませんね。

集団のコンクールではどうでしょうか。

そこから得られるものを少しでも正しく判断してほしいですね。

いえーい!俺たち金賞!
やってきたことは正しかったんだ!

ここに根拠は全くありません。
ただの妄信です笑

そうならないよう、公表用紙には、
技術や表現という内訳がありますね。

だから学生の、集団のコンクールでは、
金賞を取り続けることより、
審査員がプロの目で指摘してくれた
公表用紙の内容そのものの方が大切なんです。

おそらく、そういう想いも込めて、
講評用紙が書かれ、配布されているんだと思います。

一方、
講評用紙の内容がいい加減な方がいます。
未記入とか、”Good!” だけとか笑
こういう方たちは、
感情的な怒りを無視しても、上記理由から
プロにもかかわらず主旨をわかっていないか
立場に胡坐(あぐら)をかいている者であると
解釈し、更迭してよいかもしれない。

それが、できない。
なぜなんでしょうね。
横領事件まで起きているし。

さらに聞いた話で恐縮ですが、
結果にこだわるあまり、いつも僅差を争う強豪校では
保護者に審査員の近くに座らせ、
「今の学校良かったよねー!」と言わせて
印象を上げようとしているとこがあるそうな。
これが先生、生徒、保護者一体となった
協力、取り組み
といえるかどうかは、お読みいただいた方の
ご判断にゆだねたいと思います。

すみません、少し話がそれました。

要は、
コンクールは
本来の目的に立ち返り、毅然とした審査が
行える場であってほしい

と、心から願っています。

最後に、目的。

結果から少し離れたところに存在します。
きっと、目的からくる目標が、
必ずしも結果(例えば賞の色)に
限らないのかもしれません。

目的を大切にし、向上心を持てば、
鶴の完成度が上がるように、
技術や結果がついてきます。

もちろん、目的を建前に、
何もしなければ、いつまでもそのままです。

ビジネスマンの方であれば、
レンガと教会の話、に近いかもしれません。

結果と技術と目的 どれが大事?

コロナの影響でコンクールから少し
距離を置いている昨今。

こういったことを考えてみても面白いかと思い、
記事にしてみました。

ご参考になれば幸いです。

余談ですが、
写真の折り鶴は、授業の話(目的)を聞いて、
自分が折ってみたものです。
しんどかったー 笑

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